子羊の変身

2001年10月31日、午後4時5分、博多座。
ミュージカル「エリザベート」はまさにその大千秋楽を迎えようとしていた。
カーテンコールが近づくにつれ、出演者の皆が皆、大仕事の余韻に浸らんと心ときめかしていた。
たった一人を除いて・・・

「治パパ、また頼むよ」
プロデューサーの岡本さんから、千秋楽特別カーテンコール、司会の依頼である。
来たか・・・無論、いやなわけではない、ただ・・・
怖いのである。
以外に思われるかもしれないが、私は大変な小心者である。去年やったときも、緊張のあまり吐きそうだった。
ただ「だいじょうぶ?」と聞かれて、「つわりかも・・・」と答えてしまうたちなだけだ。
「大千秋楽だからさ、全員名前紹介してあげてよ」
え、えーっ!?・・・無論、いやなわけではない、ただ・・・
知らんのである。
考えてもほしい、いくら同じカンパニーとはいえ、五十名からのキャストを下の名前まで全部知ってる訳がない。
しかも、やってみて判ったのだが、男は、マサヒロだのトモヒロだのタカヒロだの、やたらヒロが多い。
私の頭はウニを通り越し、カニミソになっていた。

「はいどうぞ!」
演出部の戸田ちゃんからキューが出る。
いよいよ出番だ。
「帰っていい?」
「だめです」
戸田ちゃんは事務的に答えた。
大きく深呼吸して覚悟を決める。
上手一袖より出る。暗い客席から異様な熱気だけがつたわる。私は柱時計の中でガタガタ震える子羊だった。
ピンスポが私にあたる。来たーっ・・・・!!
どっかぁーん!!!!
声援と拍手の大爆発、喋ろうとしても大音量に押しつぶされる。そしてそれは子羊が狼に変身した瞬間でもあった・・・
「また、わたしですぅ」
どっかぁーん!!!!!!!
前年の司会で成功を収めていた狼の周到な計算だった。
「・・・去年は緊張しまくって、のどはカラカラ、心臓はバクバク・・・しかしみなさん、・・・」
いよいよオチだ。
「しかし皆さん、慣れいうもんは恐ろしいもんでんな・・・」
どっかぁーん!!!
オチの前にもうきた・・・!
「わたくし今・・・たのしんでおります」
ウソだった。所詮、子羊が変身した狼だ、マイクを持ちながら脚は震えている。しかし・・・
どどどっかぁーん!!!!!!!!!ここまでかというくらい、ウケた。

「つかみ」は完璧だった。時折ギャグをまじえながら、順調に役者紹介は続く。そして、いよいよ
ミュージカル界のジャニーズ軍団と言われるトートダンサーズの出番だ。
「その完璧なるダンステクニックで・・・」
キャアーッ!!!
「私たちをあやしい黄泉の世界へ誘
(いざな)った、トートダンサーズ!」
この登場は、「噺家ダンサー」として私がかってるNIRO君のアイデアだ。
彼らは女官の振りを見事にコピーして現われた、
しかもオーケストラの伴奏付き、ウケないはずがない。劇場中が女性たちの黄色い歓声に埋まった。

「次にご紹介するのは東山君・・・」
トートダンサーの中でNIRO君と双璧のビジュアル系人気ダンサーだ。日本で五本の指に入る実力の持ち主でもある。
「ダンスは上手いし、見た目もいい、まさに完璧な東君ですが・・・こないだ私は彼の弱点を発見したのです・・・」
場内がざわめく。
「東君の弱点…聞きたい?」
きゃーっ!楽屋を出ればすぐファンに囲まれる東山君、当然の反応だ。
「ひがしくんは・・・」
水をうったような静寂。当の東君が何を言われるのかびくびくしている。
「にんじんとたまねぎが食べれません」
博多座が揺れた。

「皆さん、役者には三つのタイプがあるのをご存知でしょうか」
客席から興味の視線が注がれる。
「まず、いきなりスターになるタイプ、次は大器晩成型、そして大器晩成型だと信じつづけて
一生を終えるタイプです(爆笑)。
次に紹介する方はいきなりスターになりました・・・福岡県が生んだ郷土の星、井上芳雄!」
割れんばかりの拍手と歓声、プリンス井上芳雄の登場だ。

「はるパパ、どんな事喋るんですか?」
芳雄とNIRO君と三人で中州の水炊きを食べに行った時のことだ。
「お前のネタはもう考えてるよ」
「ど、ど、どんなこと?」
芳雄は子供のように目をキラキラさせて聞いてきた。NIRO君がチャチャをいれる。
「しもネタちゃうん」
これは東山君の時もきかれた。わたしがやつと屋台で飲んでる時だ。
「お前の弱点ばらすぞ」
「な、な、なんですか・・・!?まさか、下ネタちがいますよね」
芳雄も東も私を誤解している。私は下ネタは大嫌いだ。ギャグには品がなくては・・・

「芳雄君は皆さんもよくご存知のように現役の大学生です。昨年、三年生でこのエリザベートに入ってきました。
今年、四年生…そして来年、いよいよ・・・」
私はひとつ間を置いた。劇場中が「卒業」の二文字を聞こうと、そして聞くや否や祝福の拍手を送ろうと待ち構えている。
「来年、いよいよ・・・」
劇場が構える。
「五年生」
博多座はまた揺れた。

芳雄君の名誉の為に言っておきますが、彼は決して怠け者ではありません。
それどころか勤勉で、こんなに人気者になってもスターぶらず、しゃれもわかるし、本当にいいやつです。
こいつが主役ならおれは脇をしっかり支えよう、そんな気にさせるやつです。
これだけ仕事に時間を取られたら学校にもいけませんよね。
ゆっくり、卒業してください。それから東君、せめてにんじんだけでも食べれるようになりましょう・・・

その夜、私たちはとある温泉で、大打ち上げパーティーをおこなった。私は宴会委員長を任命されていたが、
すでにぬけがらだったわたし、何の役にもたたなかったことはいうまでもない。
「はるパパ、おつかれ」
一路さんがやさしく言ってくれた・・・私のエリザベートが終わった。


はるパパの誕生パーティー博多「じゅんさい」にて


お気に入りの屋台「ともちゃん」にて

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