ダブル・テイク


JFK空港からカンパニーを乗せたリムジンバスは一路マンハッタン島へ。
車中知り合ったピーターの話しだと、ニューヨークは前日までひどい暑さだったらしい。
だが、今日、突然涼しくなったのだそうだ。私はにやりと笑う。まさに好都合だ・・・
ホテルに着き、制作から「ニューヨーク滞在心え」を拝聴する。その間がもどかしい。
はやる心を抑え部屋に荷物を置くやいなや、私はブロードウエイの劇場街へと飛び出した。
目指すは“URINE TOWN”・・・
URINEは「小便」の意だから、訳せば「ションベン横丁」だ。
信じられないが、これがいまブロードウェイで最もホットなミュージカルなのだそうだ。
トイレに行くのに金を取られ、苦しめられる貧しい人民が「公衆便所を無料化に!!」
と、叫び革命を起こす・・・そんなストーリーらしい。
ほんまかいな・・・!?
一歩間違うたらバッタ物やで・・・・
しかし、これが今年のトニー賞、脚本、楽曲、演出の3部門を取ったのだから、アメリカは奥が深い。

ニューヨークを今後旅行される方に提言、
「地球の歩き方」はあてにするな!!!
でたらめの地図に心底感謝しつつ、
300人くらいに道を聞き劇場にやっとたどり着いたのは、
なんと開演10分前!泣きそうな思いでボックスオフィスへ。
幸い、二階の後ろだったがチケットをゲットした。
そして2時間半後、私は放心状態で劇場を後にしたのである。
チケット代は安くない(日本円で1万3千円くらい)、
オフから昇格した作品
だからセットも衣装も決して豪華ではない。
しかし・・・
アドレナリンが体中を駆け巡った。
獣のような雄たけびを上げ、
アメリカ人に混じってスタンディングオーベイションだ。
放っておけば道頓堀川・・・あ、いや、イーストリバーに飛びこみそうだった。
この国は・・・
役者も凄いが観客も凄い。悪いものには徹底してブーだが、
良いものには体中で賛辞を送る。
お愛想の拍手なんてみじんもない。そんな彼らが役者を育てるのだろう。
ホテルへの帰り道、一抹の不安がよぎった。
「あの観客」と私達は勝負するのだろうか・・・


翌日、エイブリーフィッシャーホールでの衣装合わせは予定の半分で終った。
時計を見ると12時半・・・土曜・・・マチネに間に合う!
化粧前作りをさっさと済ますと、42STREET、ニューアムステルダムシアターへ。
見切れ席だがチケットを手に入れた。
「ナァーイッツゴンニャァー・・・!!」
聞き覚えのある呪術師の歌声が劇場中に響き、キリンが上手奥から出てくる。
観客席後方からゾウが、サイが鳥達が万来の拍手に迎えられ舞台上へと行進。
興奮した観客達の中で私はひとり「違った思い」に耽っていた。
懐かしさがそこら中にあふれている。下手の通路後方に目をやる。
4年前の私が勢いよく走ってきた・・・

スカーは小憎らしいほどユーモラスで、ムファサは声も動きもライオンそのものだった。
シンバもプンバも魅力にあふれ、そして、ザズーは・・・
「オレの方がいい・・・」
私はひとりほくそえんだ。ロンドンでルフーを見たときもそう思ったのだから始末に負えない・・・

しかし、なんといっても圧巻はティモンだった!!
白木みのる(古いな…)に似たこのおじさんは、
百通りくらいの「声色」と絶妙の「間」で
客席を笑いの渦に巻き込んだ。私はひたすらこの小男を観察した。
とにかく間に「勇気」がある。
そして「責任のある技」でその間を完成させている。
私はふとこの間をどこかで「見た」ような気になった.。
そう・・・
前夜の“URINE TOWN”だ!
この間で笑いが「勢いづいた」のだ。
そして、それはその夜の“INTO THE WOODS”でも、
三たび見ることになる・・・


【エイブリーフィッシャーホール】


7月9日午後7時、リンカーンセンター・エイブリーフィッシャーホール「太平洋序曲」初日。
東京で出発直前、公開稽古をやったせいか不思議と緊張は無かった。
始めて劇場客席に足を踏み入れた時、なんだか体が震えた。
見上げると4階席まである。ゆっくりとホールを見まわした。
同じ寸法なのに、東京で見た時より鳥居も能舞台も「海」も大きく見える。
「治田、来て良かったな・・・!」
振り向くと亜門さんが例の「少年の笑顔」をちょっぴり重々しくさせていた。

“Ladies and gentlemen、it's our 5minutes call…”
楽屋にアナウンスが流れる。5分前だ。
不安がないと言えばうそになる。だが、どう受けとめられようと今まで通りやるだけだ。
「あの観客」が私達を待ちうけている。
私は大きく深呼吸すると、異国の舞台にゆっくりと最初の一歩を踏みいれた。
冒頭のナンバー「太平の浮島」が終った瞬間、あらゆる心配は杞憂に終った。
一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手がおこった。しかもその拍手は鳴り止まない!
下手に引っ込み、階段を降り衣装ブースを通って上手の早替え場に着いても、まだ続いている。
みんな立ち止まりあらぬ方向に目をやる。かつて体験などしたこともない、
予想を越えた成り行きに息を呑む。
ナレーター・国本さんの一声でようやく嵐はおさまった。
「あの観客」が喜んでいる・・・!!
役者達とすれ違うたびに目が会う。
誰もが高鳴る思いを抑え、静かな笑みを返した。

万次郎役の小鈴が屏風の中に引っ込む。出番だ!
「ほら、あんたたち早くおし!」
登場し、キッと客席を睨んだ後、いなせに(・・・本人なりに)喋った。
すると一発目の笑いが来る。よし、「つかみ」はOKだ。
あとは流れるように事は進んでいく。順調にウケていった。
そして、いよいよ「問題の」俳句のシーンだ。
「ナレーターの俳句が終ったら、一間置いて喋った方がいいよ」
開演前のゲネプロで、亜門さんはこんなダメを私に出した。
「海鳥は何でもかまわず、陸あさる」
国本さんのひょうきんな声が劇場に響く。どっとウケる。
私はゆっくりと客席を振り向き、亜門さんの要求通り一間置いて、
『じょうだんじゃないわよ、まったく…』の顔をした。すると・・・
始め国本さんに向けられていた笑いが私のほうに「やってきた」のだ。
しかもその「やってきた笑い」は間を置くごとに大きくなり、ついにはどかんと爆発した。
笑いが「間」によって「勢いづいた」のだ。
これは・・・!!??
私はこの間に覚えがあった。そう・・・
ティモンの間だ!!!
それは“URINE TOWN”、“INTO THE WOODS”の中でも、
2日後、水曜マチネで観た“MODERN MILLIE”でも使われていた、あの間だった。

“It’s ・・・”
役者志望で今回衣装のアシスタントに来たジムは教えてくれた。
俳優クリストファー・ウォーケンに似たこの青年は、
女将のシーンが終るやいなや
「『あそこ』でいったい何をやってるんだい??」
と、私に聞いてきたのだ。
「裏にいるから見えないけど、
笑いだけが聞こえてくるんだよ・・・」
と、彼は不思議がる。
私が身振りを交えながら説明すると、ようやく納得してこう言った。
「それは一つの技で、私達はこう呼んでる」
“It's DOUBLE TAKE!”


【衣装スタッフと(左端がジム)】

「ダブル・テイク」・・・「二度づかみ」
相手の演技を「受けて」さらにウケる・・・なるほど・・・!!
私は最後の日に観た“PRODUCERS”で、この「技」を再確認した。
演技とは決して神秘的なものだけではないのだ。
唄も踊りも基本となるテクニックがある。バレエのタンジュができなければ美しく足は上がらないし、
アンカリングをしなかったらハイツェー(パバロッティが最後ドラマチックに出す音)は出ない。
その技を踏まえた上での演技力だろう・・・

7月13日、「太平洋序曲」千秋楽。
午前中、NY在住の画家・久下貴史さん宅におじゃまする。
久下さんは「マンハッタナーズ」でおなじみ、
数々のユニークな猫を描いていらっしゃる。
アパートにも3匹の猫がいる。みんなでかい。
ミケランジェラは8キロだそうだ・・・!
アトリエの横にちょっとちらかったベッドがあった。
「猫用ですか?」
「いえ、共用です」
「・・・・」
「4人」で一緒に寝るのだそうだ。
フェデリコがそうだよという顔で見上げる。
なんだか無性にうちの猫たちに会いたくなった。
ためおのやつ元気にしてるだろうか・・・
久下さんは初日にいらした。
今度「プリーズハロー」を絵にしたいとおっしゃる。
5人の提督を猫たちが演じる絵らしい。欲しいなぁ・・・


【クゲ・シゲオ・ダビンチ】

【ハルタ・ニコラス・ためお】


エイブリーフィッッシャーホールは3階見切れ席まで立錐の余地もない。
劇評が出た日のカーニバルのような客とはうって変って、静かなおとなしい観客だった。
「・・・陸あさる」の後も、さほど大きな笑いはこない。
しかし、確認した技を私は(もし四季にいたら)浅利先生にどなられるくらい
大胆に使ってみた。
すると、どなられるどころかその日のうちにクビになるほど、劇場は揺れたのだ。
私はつかんだ・・・!もう自分のものだ。
この技は笑いばかりでなく、怒りでも悲しみでも使える。
相手の感情を受け、さらに展開させるのだから・・・

グラウンド・ゼロに私は立った。
広大なスペースをフェンスが囲っている。あちこちに星条旗がはためき、公園の塀には
おびただしい数の写真や書きこみが張られ、中には千羽鶴もかけられている。
一人の美しい女性の写真が目にとまった。イタリア系の名前で、年は23歳、
「あの日」、貿易センタービルの101階で働いていたらしい。
“YOU ARE ALWAYS IN OUR HEART・・・”
そう、銘記されている。
千秋楽パーティーで知り合ったアメリカ人は、自分の働いているビルから「2機目」が突っ込むのを
目の当たりにしたそうだ。
“BAD EXPERIENCE・・・”
彼は苦しそうに当時の状況を話してくれた。
ニューヨーク・タイムズの「太平洋序曲」劇評に、ベン・ブラントリーはこんなタイトルをつけた。
“GENUINELY UGLY AMERICANS,AS VIEWED BY THE JAPANESE”
「日本人の目から見れば、心底みにくいアメリカ人」
ベンは劇中、客席の天を覆う星条旗を「昨今、アメリカでは自由の象徴としてもてはやされているが、
ここでは息苦しさの象徴として表わされている」と評し、後段では更にこんなことを書いている。

「ニューヨークはこのカンパニーからすばらしい贈り物を貰った。
この舞台で私達は、みにくく体のゆがんだエイリアンのようなアメリカ人を見せてもらった。そして、
合衆国が世界の間で、本当はどう見られているのか認知する、とりわけ重要な機会を貰ったのだ」

私はこの劇評を読んで、とてつもなく切ない思いがした。。
アメリカ人はこれほどまで謙虚に自分達を受けとめようとしている。
あのテロは決して許されるものではない。しかし、この劇評家は私達の「太平洋序曲」から
テロの動機となった「アメリカのみにくさ」を受けとめようと言うのだ。
受けた悲劇から、自分達自身をまた受けとめようとしている。
これもまた、アメリカ人の“ダブル・テイク”なのだろうか・・・


【グラウンド・ゼロ、鉄骨の十字架】

【左から「事件」の目撃者、その友人、トニー賞を2度
取った衣装デザイナー、パーティー会場で2度こけた治田】


【We'll be back!!

PS.
ニューヨーク最後の夜、越知さんに連れて貰いピアノバーへ行った。
中に入ると一人の女性が歌っている。
恐ろしいほどの声域で、高音も地声でなんなく出す。
その声量たるや、店の壁を揺らすほど、いったいどこの歌手だと思っていると、
彼女は私のテーブルの前を通過し、
カウンターの中に入ってそのままウエイトレスになった。
次はサモアの怪人みたいなアフロへアのおっさんが唄い始めた。この曲には聞き覚えがあった。
「リトルショップ・オブ・ホラーズ」の中でヒロインのオードリーが唄う“Somewhere that's green”だ。
前の彼女のように歌い上げはしないが、情感を込めしっとりと唄い、そして語った。
目はくぎ付けになり、耳はその世界に酔った。
きっと名だたるミュージカル俳優に違いない・・・
すると、万来の拍手を貰ったサモアが私のテーブルへやってくる。そして、こう言ったのだ。
“Another drink ?”(もういっぱいいかがですか?)
やつはウエイターだった・・・


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