スイカの思惑

1999年夏、四季をやめたばかりで幾分・・・というかかなり太ってしまった私は
大汗をかきながら、初台の新国立劇場へと向かった。
Tシャツの濡れ具合はこれでもかというくらい私の「でぶさかげん」を印象付けている。
こんな職業につかず普通のサラリーマンになっていたら、きっと嫁が買った「主婦の友」か
なんかの「食べて痩せれるダイエット大特集」を貪り読んでいるのだろう。
明日からラーメンのスープを飲み干すのは、もうやめようと思った。
館内に入ると一気にひんやり・・・しばしその心地よさに浸ってしまう。
インド洋で釣り上げられたまぐろは船の冷凍庫に入った瞬間、こんな気分なのだろうか・・・
受付の守衛がいぶかしげな目で冷凍でぶを見ている。
「『太平洋序曲』のオーディション会場はどこでしょう?」
姿勢をすっと正し、中学生が始めて英語を訳したような質問をした。
響くバスバリトンの四季発声だ。
出前の親父なんかじゃないんだぞ、ミュージカル俳優なんだからな、おれは!
「あ、こりゃ、失礼、ええと・・・あ、E稽古場です・・・」
「ありがとう・・・」
“Thank you”を訳すと、軽やかなステップで私はエレベーターへと向かった。
ククッとかみ殺した笑いが背後におきた。

やまほろび、やまそびえ、ねくすと・・・」
ヘンな曲・・・そう思いながら、私はぶつぶつ課題曲を口ずさんでいた。
控え室には誰もいない。本当にここでいいんだろうか・・・
守衛の顔が浮かんだ。
野郎・・・“社員食堂のコック”の面接だと思いやがったな・・・!
「治ちゃん、お久しぶり!」
振り向くと、食堂のおばちゃんが・・・あ、いやいや、確かこのひとは・・・
ピアニストの・・・そう、中條さんだ!
10数年前、亜門さん始めての商業演劇演出「アニーよ銃を取れ」以来だ。
「四季やめたんだってね?」
中條さんは楽譜を譜面台に置きながら言った。
「そう、いろいろあってね」
「いろいろね・・・」
彼女は『みなまで言うな』という顔をした。
私も『お察しの通り』という顔をした。
「亜門さんは?」
「もうすぐ来るでしょ・・・ちょっと、やっとく?」
「あ、お願いします」
私は譜面をごそごそと出した。
「いきなりでいいわよね?」
「あ、お願いします」
ひとつブレスをすると中條さんは鍵盤をたたきはじめた。
タッチの力強さは昔とちょっとも変らず、聞きほれたら鳥肌が立っていた。

「美輪明宏の感じでやってください」
亜門さんはにこにこ笑って注文した。
森で、子供がカブトムシとクワガタをいっぺんに見つけたような顔だ。
「マイフェアレディー」の中の一曲を、娼館のマダムが男を誘う感じで歌えというのだ。
この時は何のことやらさっぱりわからなかったが、まあ、やれとおっしゃるのだから、
アサリ先生に
「くさい・・・」
と、怒られることもないし、目いっぱいやらせてもらった。
中条さんのピアノ前奏が始まったとたん、私の目つきはリトマス試験紙を強い酸につけたように、
あっという間に変色した。
それは池袋・大勝軒で650円のラーメンをすすっている太ったおっちゃんが、
ムーランルージュで3万フランのドン・ペリを浴びるセクシーなマダムに変身した瞬間だった。
私は、胸と腰と境目のないウエストを、へび・・・ツチノコのようにくねらせながら、
新国立劇場E稽古場の中を「ダダダダバ〜ア・・・」と、ファルセットと実音を巧みに混ぜ、
唄い・・・あえぎ、そしてねり歩いた。
恐いくらいウケた。
アサリ先生の声が、記憶の遠くで聞こえた。
「ハルタ・・・どうしてフンイキでやるんだ・・・」
だって、こうなっちゃうんだもん・・・
記憶を無理やりたぐりよせ、私は開き直った。
翌日事務所から電話が入った。
「治田さん、ぜひやって欲しいって!」
「何の役ですか?」
「オカミだとか言ってましたよ」


「化粧が濃すぎますっ!!」
黒澤明の「乱」でアカデミー賞の衣装賞を取った、世界のワダエミさんが血相を変えて走ってきた。
彼女はこのミュージカル・「太平洋序曲」の衣装を担当していらっしゃる。
ゲネプロ(最終舞台稽古)で、女将の場面「ウェルカム・トゥー・神奈川」が終ったときのことだ。
いやあ、いいできだったんじゃないの・・・!
私は自我自賛だった。
まあ、身内笑いかもしれんが、観に来ていた親友のシルビアなんか、回りもはばからず
外人笑いしていた。
ワダエミさんの衣装を始めて見せていただいたとき、感動して立ちすくんだ。
外人たちの衣装は毛織で、日本人の衣装は麻。
なんといっても水彩画のようなその淡い色が・・・素材の感触を手で味わいながら、しばし
ワダワールドに浸らせてもらったのだった。
「あなたが目立ってどうするんです!?」
はっと我に帰った。
確かにオレンジのシャドウがきつすぎたかもしれない。
だが、女将の紫の着物に合わせて選んだ同系色の口紅、
マック「リップスティックサイバー7H281」を塗っているうちに、
(これは実を言うと、ワダ先生には内緒だが、ディズニーの「ライオン・キング」メイクスタッフが
指定した、鳥の執事・ザズーの口紅だった…)つい、吉原からサバンナへ飛んでしまったのだ。
友達の岡幸二郎なんか
「治ぱぱ、あの口紅がすてきだったよ」
と、注目してくれたくらいで、自信はあったのに・・・
「あなたは芸者の女将でしょ?
売るのは芸子達で、あなたじゃないの!!」
「す、すみません・・・!!!」
私は平謝りだった。
「第一、帯の位置が高すぎます、もっと下げなさい!!」
年配の女は帯を下目で締めるものだった。
「す、すみません!!」
ワダ先生はプンプン怒った。
なぜガミガミではなくてプンプンなのかというと・・・
ワダ先生の目が“あの目”に似てたからだ。
私の愛猫がんじろうが玄関でおしっこをする度、
「もう、なんで、トイレでしないの!!」
と、ブツブツ言いながら掃除をする。
まだ見たことはないのだが、その時の“私の目”に似てると思うのだ。
くわがたとかぶとむしを見つけた少年が、畑から盗んできたすいかを虫達に食べさせる。
「どこから盗ってきたの!?」
と、少年を母親が叱る。
その目に似ていたのだ。
ワダ先生は、四十過ぎのおっさんを、いたずら坊主を見るような目で見ていた。

すぐに坊主は油絵メイクを水墨画に変えた。
しかし、初日が開け、中日が過ぎ、千秋楽が近づくにつれ、
江戸情緒がムーランルージュに変わっていったのは言うまでもない・・・
十月、初日のメイクはおさえよう。
でも、七月の初日は・・・
おっさんはアメリカでもスイカを盗む気だった。

     

    

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