眠れぬ森のゴムの木

「・・・さて、余計なお世話なのですが・・・
治田さんがやられている役のこと、僕は初日に拝見して大好きでした。
でも何回か観ているうちに、だんだん元気が減って、軌道修正されてるのでしょうか、
コメディ度が少なくなっているような気がして、心配しております。いくら治田さんが回りに仕掛けても、
誰も受け取らないので、とても辛いものがあるのではないかと想像するのですが、ぜひ初日の方向に
戻して頑張ってください・・・(中略)・・・どうか、徹底してお道化、ハシャギ、ゴマをすり人間喜劇を
思う通り演じてください。そうする事で、二幕で、若者二人を地下牢から救い出す人間的な感動が生まれるのですから。
余計なお世話で申し訳ありません。出過ぎたことでしたら御勘弁下さい。
スタートは切ったものの、幕が開いてから何か迷われているような気がしたものですから・・・
・・・それでは、又、お会いできます日を・・・
野沢那智 」

楽屋についたら化粧前に置いてあった。息子の聡くんが持ってきてくれたのだ。
正直、私はショックを受けた。おっしゃる通りだったからだ。
むろん「抜いたり」とかしてるわけはない。しかし、確かに・・・
あの時、「迷い」はあった。
なんだか、ひとりでしゃかりきになっているような・・・
周りがニュートラルなのに、ひとりだけアクセルをトップでふかしているような・・・
「おれ、浮いてるんちゃうかなぁ・・・?」
そんなふうに思っていたのだ。

という訳で、今回のモノローグはいつもと違って「シリアス」です。
何故かというと、サンリオに頼んでいたフロッピーディスクが、もう二ヶ月以上も前からお願いしているのに
送ってこないからやけになって・・・とは言いません。(言うとるわっ!!)
「竹を割ったような性格」ってありますよね、あのスパって割れるやつ。
私の場合、「ゴムの木を割ったような性格」なんです、
ねばーってしてるんですよね。
まあ、それは置いといて(置いてへんやん!!)
よろしかったら最後までおつきあいくださいませ。
いっさい、お笑い抜きです。
・・・ほとんどありません。

「治田さん、そこ、ジャンプしながら喋ってください」
亜門さんの演出だ。
ジャ、ジャンプ・・・!?
私は途惑った。
だが、そんなはずはない、ウン十年前になるが私はあの「夢の遊眠社」(今の野田マップ)にいた役者だ。
激しく動きながら喋るなど、なんの抵抗があろうか!
しかし・・・あったのだ。なぜだろう・・・?
年老いたから?
そう、最近リューマチが・・・なんでやねん!!
では、なぜ?
それは・・・浅利先生だ。
先生の声が聞こえたのだ。
「治田、なんでそんなことやるんだ、どうしてだ・・・」
私は先生から、セリフの喋り方以外に、徹底してリアリズム演技を教わった。
「余計なことをやるな。とにかくシンプルにやれ」
これが先生の教えだった。
四季をやめてオーディションを三つ受けたが、三つとも受かったのは四季で勉強したおかげだ。
やめて良かったとは思うが、いて本当に良かった。
やめたおかげで、今ごろになって
「ああ、先生はこのことを仰ってたんだなあ・・・」
そう思うことは山ほどある。

「ジャンプしながら喋ってください」
だから、「四十・・・三つ子の魂百まで」で、飛べなかった・・・
いや、やってはみたのだが、どうもしっくりいかない。
「こういうの、おれもう卒業したんかなぁ・・・?」
小さな声でつぶやいた。
しかし、亜門さんの演出は大好きだ。
テンポがあって本当に良く「準備して」稽古場に臨まれる。
「いや、よくなったなぁ、このシーン・・・!」
そう思うことはしょっちゅうだった。
誰もが感じたことであろうから今更隠すことではないが、今回ははっきり言って「未経験者さん」が多かった。
きついことを言うようだが、お客様から一万円をとるというのはとても責任あることだ。
「アンサンブルはこんなに一生懸命やってるのに、なんなんだおまえら!!」
めったに怒らない彼が、一度だけ怒鳴ったことがある。
とにかく亜門さんは「それ」で頭いっぱいなのだから、自分のでるシーンくらいは積極的に作っていこうと思った。
「治田、悪いんだけど・・・」「だいじょうぶ、なんかやっときますから」「すまんな・・・」
そんな会話が交わされた。
掃除のおばちゃんがその光景を見て涙した。(ほんまかいなぁ!?)
だから「自分ががんばらなくっちゃ!」そんな使命感に燃えたのだ。
愛猫がんじろうにも手伝ってもらい、アイデアはどんどん出していった。
より大きなテンションでしゃべり、より大きく動いた。
エミりちゃんも田中くんもどんどん良くなっていった。
負けずに私もがむしゃらに突っ走ったのだ。しかし、幕が開いて・・・
突然、「先生の教え」が私にブレーキをかけさせた。
「リアル演技」には・・・
うーん・・・ちょっと遠いかなぁ・・・

知らないうちに修正していたのかもしれない。
始めて観たお客さんには分からなかったと思う。ただ・・・
野沢さんにはばれた。
野沢さんは以前「太平洋序曲」も観に観に来てくださった。
それに、何を隠そう私は子供の頃から彼のファンであった。
野沢さんのラジオ番組はいつも聴いていた。
子供心に「なんてたくさん声色を持ってるんだろう!」と感動していた。
あのロビン・ウイリアムスより凄いと今でも思う。
手紙を読みながら愕然とした。
とにかく、「リストラしたエネルギーを取り戻そう!」、そう思った。
ギアを「はなから」トップにもっていった。
そしてアクセルを最後の最後までふかしつづけたのだ。
すると、不思議なことがおこった。
前日まで、どうしてもかんでしまうセリフをかまなくなった。
相手役とも意識が途切れることなく「からめた」。
そして気がついたら「ジャンプして喋って」いた。
なにより汗をいっぱいかいた。
舞台の上で侍従長は「生きていた」・・・!
私は思い出した。これは浅利先生の教えだった・・・
「舞台の上で生きろ」

野沢さんの手紙はニューヨークまで持っていこうと思っている。
また迷うかもしれないから・・・
水野栄治くんが写真を送ってきてくれた。
いつの間に撮ったのだろう、その中の一枚(最後のモノクロのやつ)がとても気に入っている。
舞台を生きた侍従長はひと公演終ると、死んだように眠るのでした。

「衣装部屋にて」

「巨顔、小顔」

「朝焼けの打ち上げパーティー」

「眠れる森のゴムの木」

このサイトは舞台俳優治田敦氏のオフィシャルページです。当サイト上に掲載されている画像データはこちらで管理しています。
これらのデータの無断転載を固く禁止致します。
2001. Webmaster by M. SHIRAI