ざこば師匠の「メソード演技」



正直言って、フェービアンという役は今までで一番「多大な時間と労力と熱意をもってようやく
愛せる役」でした・・・・・・・まあ、ひらたく言えば一番「やりたくない役」だったのです。
配役をマネージャーから聞いた時は我が耳を疑いました。何故なら第一志望がアンドルー
次がトービー、えっ、まさか!?のアントー二オ、そして、そりゃあないだろうのフェービアン
だったからです。ミュージカル用の台本を読んで多少展望は開けたのですが、失意は隠し続けねばなりませんでした。
本読み(稽古場に出演者が一同に介して自分の役を読む作業)の日、早速不安は露呈しました。ちゃんと準備していったにもかかわらず、全部からまわりだったからです。
思い起こせば「サタデーナイトフィーバー」でも「レディーゾロ」でも、本読みでひとつくらい手ごたえはありました。「よし、この路線でいくぞ!」みたいな明るい展望が見えたのです。
しかし、フェービアンに関しては「霧のかかった真夜中の展望台」でした。
やることなすこと全部外れ、その度に自分はどんどん小さくなっていったのです。
立ち稽古に入ってからは惨憺たるものでした。まるで、生まれて初めて芝居をやった時の私でした。手の置き所すらわからないのです・・・
こうなると演出家の指示も外国語です。それもナミビアとか内モンゴルとか、津軽山中のお婆ちゃんが喋る言語でした。理解不能におちいり、それでも無理してやろうとすると、当然の如く心は流れず、深刻なノッキングを起こしました。
相手役のせりふは全く聞けず、時には「おまえがそんな喋り方するから悪いんだ!」みたいな、責任転嫁すらはじめたのです。




登校拒否



雑誌テレビでしか知らないこの症状が、まさかこの自分に訪れるとは思いもしませんでした。勿論、四十過ぎの大人だし、ちゃんと稽古場には行きました。しかし、それは責任感とか社会の常識とか愛猫がんじろうのえさ代確保義務感とかが支えていただけで、症状は悪化の一途をたどったのです。毎日の稽古が・・・楽しくないどころか苦痛にすらなってきました。
もうだめだ・・・役者人生も終わりだ・・・
何度、思ったことでしょう。一見明るそうな治パパですが、根は「暗闇大魔王」だったのです。
そんな時です・・・ちっちゃな救いが現われました。
「ボクもですよ!」
なんと同病人がいたのです。共演者のQちゃんことトービー役の安崎求君でした。
Qちゃんは今までずっと二枚目路線で、今回は転換期だったのです。
「はるぱぱ、実は昨日、ちょっと飲んじゃって・・・」
Qちゃんはちょっぴり酒臭い息を吐きながら白状しました。彼も自身の役がなかなかつかめず悩んでいたのです。




同病相哀れみ相励ます



二人の役はトービーが「攻め」でフェービアンが「受け」でした。台本読めばわかる簡単な関係なのに、つい私はそれを無視してしまいました。今まで自分のやってきた役が「攻め」だったので、多分妙なプライドとかあって、そこに戻ろうとしていたのでしょう。
しかし、とにかく「受け」ないことには始まりません・・・
なんだか物足りないし、やった気にならないけど、他に手はないのです。ノッキングを起こしながらも私はひたすら「しかけようとする気持ち」を捨てていきました。
そして、幕が開きます。ノッキングはまだ続いていました。しかし、確実にその箇所は減っていったのです。本番中も試行錯誤は続けました。Qちゃんとは同じ楽屋だったので一緒に色々と「作戦」を練りました。情けないほどのハズレもありましたが、ちっちゃなアタリもありました。
しかし、まだ心の流れない部分は残っていました。そんな時です、ふと突然舞台上である方のある言葉を思い出したのです。
「治ちゃんなぁ、最近は喋りたなかったら、無理して喋らんようにしてんねん・・・」
大阪でとあるバラエティー番組を見学した時、コメンテーターの桂ざこば師匠が収録を終えて、私に言った言葉です。一緒に行ったバーでグラスを傾けながらとつとつと語る師匠の言葉には重みと説得力がありました。
喋りたなかったら、無理して喋らん・・・そうです・・・怒りたくなかったら怒らなくていいし、笑いたくなかったら笑わなくていい、動きたくなかったら無理して動かなくたっていいのです!
それから私は舞台上、まるで悟りの境地のお坊さんでした。すると、ほんとに楽になったのです。無理せんでもええ・・・そう思えば思うほど、あんなに澱んでいた心が流れていきました。♪「お楽しみはー」だけにおんぶだっこだった私が、ようやく芝居で「居られる」ようになったのです。
ある日、俳優井上芳雄が自身の舞台「ハムレット」の幕が開いたばかりなのに、わざわざ観に来てくれました。
「治ぱぱ、抑えた演技が良かったよ」
なんということでしょう・・・「太平洋序曲」の女将やフランス提督の「攻め」演技を観た時は何も言わなかった芳雄が、「受け」フェービアンがいいと言うのです。なんだかとっても意外でした。その後もあれやこれやと持ち上げるので、くすぐったくなったおじさんは青年に返しました。
「で、どやねん、『ハムレット』のほうは・・・?」
すると、
「・・・僕ね、稽古中・・・」
その後、芳雄は意外な一言を発したのです。
「登校拒否だったの・・・」





できなくて、できなくて・・・じぶんがすごいヘタな役者だって思って、稽古場行こうとしたら吐きそうになって・・・
目の前で芳雄は機関銃のように語っています。その顔が熱を帯びれば帯びるほど、不謹慎ながら私の顔はほころんでいきました。まるで「自分が喋っているみたい」だったからです。
そうか・・・お前もか・・・
「・・・え!?」
芳雄はきょとんとした目で私を見ました。私はことの顛末を全部喋ってあげました。
「へえ・・・はるパパが・・・」
「で、気付いたわけよ。余計なことはしなくていいから、とにかくリラックスして相手のセリフを
聞いて、感じることだってね・・・」
「そうか・・・」
芳雄は納得して聞いています。
「・・・そうなんだよね・・・」
彼も私もその時、共通するあることを頭に浮かべていました。
2年前「エリザベート」博多大千秋楽の後、打ち上げで温泉に行った時、旅館で同部屋だった私は、未来を背負うこの青年俳優に一冊の本をプレゼントしたのです。
「メソード演技」
アル・パチーノやダスティン・ホフマンが学んだアクターズ・スクールの教本です。
(最近の俳優では、トム・ハンクス、ジュリア・ロバーツなんかもそうです)
そこに、その教えは書かれてあったのです。
「リラックスと集中」・・・これは、あらゆる演技の基本です。
そして、私はこの大事な教えの他に、もうひとつ偉大なる教えを付け加えてあげたのでした。

   ー喋りたなかったら、無理して喋らんでもええねんー

ひょっとしたらこれ、トムやジュリアも実践してるのではないでしょうか・・・


このサイトは舞台俳優治田敦氏のオフィシャルページです。当サイト上に掲載されている画像データはこちらで管理しています。
これらのデータの無断転載を固く禁止致します。
2003. Webmaster by M. SHIRAI