涙の道頓堀



プロローグ


「花道から去りましょうか?」
初日を終え、各楽屋をダメ出しに回っていた演出家は廊下で出くわした私にそう言った。
大詰め、ルドルフ・草刈さんとベルナルドが旅立つシーンである。
花道からの登退場・・・
これは役者にとって大変な名誉である。
「国の両親に電報打ちます!」
・・・アツシハナミチサクラサク・・・
「なに、おおげさな・・・!」
西川先生はあっさり笑い飛ばした。
だが、その名誉ある退路がまさか地獄の行脚になろうとは・・・





我が家にはマッサージ機が常備してある。
私は大変な肩凝りだ。
「美女と野獣」福岡公演の時、私は西新ベスト電器3Fに入りびたりだった。
そこにはマッサージ機コーナーが設けてある。
最近この手の機械は、一時期ヘルスセンターあたりにあったバッタもんとは大違いで、
おそるべく進歩を遂げている。
「そそそ、そこ・・・!」
これ以上はないという、絶妙のツボを揉み球はグイグイ、グイグイせめてくる。
へたなマッサージ師よりよほど上手い。
とりわけご執心だったのがフジ医療機の「究極肩・やすらぎ」という機種だ・・・
これに私はメロメロだった。


「だんな、ここだけの話ですが・・・」
いつもどおり私が「やすらぎ」に身悶えしていると、一人の男がやってきた。
「実はね・・・」
男はベスト電器の店員だった。
この超優秀なマッサージ機購入契約がキャンセルされたらしい。
「でね、あたしも本社にもう売れたって言っちゃたし・・・ぶっちゃけたはなし・・・
20万でいいですよ」
究極肩の定価は30万円だ。
だが、彼に言われるまでもなく、私はもう購入を決意していた。
マッサージは保険がきかない。整形外科に行っても、塗り薬を貰うくらいだ。
さらに、腰痛に関する限り西洋医学は東洋医学の足元にも及ばない。
鍼灸院、マッサージの相場は、一回六千円から七千円・・・何年かすれば元は取れる。
店員の話はまさに渡りに船だったのである。
「うーん、そうねえ・・・消費税まけてくれるんなら・・・」
「だんな、かんべんしてくださいよ・・・もう10万もまけてるんだから、儲けなくなっちゃう・・・」
「・・・そうか・・・でも、運ぶのどうする?おれ車持ってないもん・・・」
「そりゃあもう、運び賃はあたしどもで負担させていただきます!」
「そう?・・・なら・・・」
「お願いしますよ!」
しつこいようだが、ここは福岡である。
「買った!」
「ありがとうございます!!で、ご住所は?」
「神奈川県・・・」
「カナガ・・・ひえーっ!!!!」





2003年4月21日、松竹座、「レディーゾロ」昼公演。
「本当に逃げてばっかり・・・あの時一言とめてくだされば・・・」
二幕一場、旧ヴェガ邸廊下シーン。
ジェシカ演ずる土居裕子は溢れる涙をぐっとこらえて言葉を吐いた。
重い沈黙。私は彼女のところに駆け寄り、躊躇の間を置く。決意したベルナルドは
急激に息を吸い、前のめりの姿勢から一気にセリフを吐いた。
「奥様・・・!」
その次の瞬間だった。
・・・ピキッ・・・
尾てい骨の左横に稲妻が走ったのだ。
うっ・・・!
意識の中で小さく呻く。ジェシカは次のセリフを吐いている。
「分かっているのよ、ベルナルド・・・」
遠くで聞きながら、考えをめぐらす。
・・・ここは乗り切れるだろう・・・だが、大詰めのお盆アクションは・・・
ジェシカが私の手をとった。はっと我に返る。
「ありがとう、時々はこちらにも遊びに来てね」
ジェシカが去っていく。うつろな目で見送る。
すると、メイドのブレンダ・中谷がカーテンを開けて出てきた。
中谷が・・・
バシッ!!
中谷はいつも通り、私の肩を激しく叩いた。違いをあげるとすれば、この日に限り彼女は
いつもよりうんと力を入れたことだ。
「うっ・・・!」
思わず声が漏れた・・・だが、痛さの演技としては完璧だった。


洞窟シーン。
「ルドルフ様が奪った新型銃でございます!」を運ばなくてはならない。
この銃を積み込んだリヤカーが強敵だった。
重いのだ・・・
これは夜の回から「太平洋序曲」で一緒だった石川に代わってもらうことになる。
匠さんとの歌、これはキーが低いので大きな影響はなかったが、問題はその後のコーラスだ。
私は最後、高音部のパートを受け持っている。A♭;五線譜の、上のラ・フラット。
声楽的には「アス」と呼ばれる音である。結構高い。
「アニー」というミュージカルに「トゥモロウ」という歌がある。
アニーが大統領官邸で閣僚たちとこの歌をもう一度歌う。
「♪あしたは、しあーわーせーーーー」の最後「♪せーーーー」テノールパートがこのアスだ。
15年前、ここを受け持った私はなかなか確実に出せなかった。
だから、「♪あーさが来れば、トゥモロウ、いいことがあるトゥモロウ・・・」を楽屋でよく
「♪アスが出れば、トゥモロウ、いいことが・・・」と嘆いていたものだ。
このアスを「Z」では、さらにロングトーン・ノーブレスで伸ばす。
これを実現させるためには、変な話だが、肛門をキュッと閉めて腰を前に突き出しながら
歌わなくてはならない。「アニー」の時、共演者だった中島啓子ちゃんが教えてくれた
「キュッ・テクニック」と、巨匠・北川潤先生から伝授された「腰入れテクニック」をブレンドしたものだ。
この「キュッ腰」が辛いのである。
「♪まぶしい明日を<1>みんなの夢をーおー<2>おーーーー」がこの歌の最後だ。
1でブレスした後はノーブレスで少しずつ腰を入れていく。2がアスだからここで「キュッ」だ。
この時に、尾てい骨から脳天めがけて激痛が走るのである。
「歌わなくていいよ!」
心配してくれた仲間が言ってくれた。しかし、稽古の時、志願してここへ行ったのはこの私だ。
義務感とか責任感とそんな格好いいものじゃない。
意地だった。
しかし、意気込みは一流でも体は三流だったから、何度もひっくり返りそうになる。
「歌は腰である」。そんなことを声楽の先生方に言われてきた。
痛みに耐えながら私は、
・・・なんだ、正しい発声してるじゃねえか・・・!
と、余裕もないくせに感心していたのだ。


  実は泣きながらの「キュッ腰」



花道は地獄だ。
体が右に傾いたままで、戻そうとするとかなり辛い。
二つのボストンバッグを持って退場する段取りだが、とても無理だった。
小さい方ひとつだけにして、なんとか格好をつけた。
「アディオス・アミーゴ」
背筋を伸ばしたルドルフが花道へ足を向ける。ゆがんだ上半身のベルナルドが後を追う。
事情を知らないルドルフの歩きが早い・・・
追いつこうと足を速めれば再び激痛が走る。
「花道ってテレるんよ・・・」
草刈さんが以前、そう言ってたのを思い出した。
しかし、この日ばかりは流し目でもしながら好きなだけゆっくり歩いてほしかった。
杉良太郎がやったらいいのに・・・そんなことを思っていた・・・


泣きそうだったのはカーテンコールだ。
何が辛いって前屈ほど辛いものはない。前屈・・・つまり「おじぎ」である。
さっそうと走り出て、深々と礼、そして満面の笑み。これがカーテンコールの鉄則だ。
しかし、走れない、おじぎできない、笑えないの三重苦・・・・いったい何ができるだろう!?
かたつむりのように歩き、ゆがんだ顔で、ちょこんと礼をした。いや、それは
「あごを引いた」と言った方が正しかったろう。
痛いのやら情けないのやらで涙がにじむ。そして、さらなる試練が私を襲った
普段は2度なのに、この日に限って「3度目のアンコール」があったのだ・・・





「とりあえず、先生お呼びしましたから」
そう言いながら、松竹座制作の小田さんが楽屋に入ってきた。
夜公演の前に、整体の先生が部屋に往診してくれるらしい。
助かった・・・
今回の公演で私は彼女にどれだけ世話になっただろう。
大詰めのアクションで、私のお盆が客席に飛んでしまった時も、お客様に平謝りに
行ってくれたし、腰痛事件を聞きつけるや否や病院の手配、タクシーでの送り迎え、
保険の書類作成まで、あっという間にやってくれた。
「あのひとはええひとやで・・・!」
松竹座は常連の、ざこば師匠も一目置いている。
「お父さんに意見言えるのはあのひとくらいやで、治ちゃん」
師匠の女将さんも買っている。
「明日(二回公演)もありますから、ほどほどにしてくださいね」
師匠と飲みに行こうとすると、よく釘を刺された。
絵に描いたような「使える人材」で、「松竹座のアーミテ−ジ長官」と密かに呼ばれている。
あの人がブッシュについてたらイラク戦争なんか起こらなかっただろう・・・


私はブッシュの戦争にかなり批判的であった。
しかし、フセインが囚人たちを50cm四方の懲罰部屋・・・いや、懲罰「箱」に何日も
閉じ込めたという新聞記事を読んで、あっという間に好意的になった。
私はかなりの閉所恐怖症である。身動きすらできない場所に身を置くなど想像しただけでも
気絶しそうだ。
しかし、これを私は体験することになるのである。
「懲罰ベッド」
こんなものがこの世にあったのだ。
フセインのそれと違うのは、こちらは外的強制ではなく、あくまで内的強制である。
小田さんにタクシーでホテルまで送ってもらい(歩いて5分の距離だが、歩いて12秒の
花道がきついのだから、どうか許していただきたい)夕食もそこそこ、私は横になった・・・
しかし、どうだ・・・ベッドの上の私は、まるでのりで貼り付けられたみたいに1ミリたりとも
動けないのである・・・!
・・・ね、寝返りがうてない!!!
目を白黒させる。ちょっと体をひねっただけで激痛が走る。脂汗がたらたら流れてくる。
大きく息を吐いた。
落ち着け・・・明日は二回公演・・・とにかく寝なくては・・・
デンゼル・ワシントンが主演した「ボーン・コレクター」という映画を覚えておられるだろうか。
主人公は事故にあい、目と人差し指以外は全く動かせない。まさにこれだった。
私はベッドの上で、ただひたすら天井を向いているだけ。
おまけに痛みで全く眠れない。
羊はすでにニュージーランド分は数え終わり、これからオーストラリアへ行く勢いだった。
左へ寝返りを打ってみる。
ズキッ!
だめだ・・・・・・じゃあ、右は・・・?
お・・・なんとかなりそうだ・・・!
わたしは、左手で自分のお尻を持ち上げながらゆっくりと右へ寝返りをうっていった。
いいぞ・・・!
ぐいっと、さらに勢いをつける。すると・・・それ以上動くことはできなくなった。
現実に直面したのだ。
私は広いベッドの一番「右端」に寝ていたのである・・・
崖の上から見下ろした。
あそこへ落ちれば二度とここへは戻れないだろう・・・
あきらめて再び天井とにらめっこする。羊はすでに移動し終わり牧羊犬まで数え始めた。
急に喉が渇いてくる。水はベッドの右上、手の届くところに置いといたはずだ。
まるでタコのように体をひねり、ペットボトルへ腕を伸ばす。
ドタン!
静寂の中を乾いた音が走り抜けた。
枕元からから床上のペットボトルをじっと見つめる。
まるでデパートの屋上から、はるか地上を見つめているようだった。





「明日は中谷さんが代わりに、お盆アクションやる手配を今しています」
小田さんは冷静に言った。
ちょっと思わぬ展開だった。夜公演、お盆アクションはカットした。
このまま千秋楽まで私の回復待ちかと思っていたら、その手があったとは・・・
中谷が・・・


マネージャーの配慮で神戸からわざわざ気功の先生がホテルに来て下さった。
揉んだりは決してせず、ほとんど触れてるだけである。なんだか騙されているような
気になったが、その道の権威であるらしい。私はなすがままになっていた。
体に触れる先生の手が温かい。
一時間半が経った。
「立ってみて下さい」
先生が言う。私は恐る恐る体を起こした。
するとどうだ。あれだけ右にかしいでいた上半身が、多少の違和感こそあれまっすぐになる!
歩いてみる・・・すると、すたすた早足であるけるではないか!
これは一体・・・!?前夜の「懲罰ベッド」の時とは雲泥の差だ。
突如、花道が目の前に現れた。
これなら草刈さんにも追いつける。これなら・・・


・・・中谷が・・・
目の前で舞っていた・・・華麗に。お盆裁きも実に鮮やかだ。
あれよあれよという間に敵を倒していく。驚くべきは動きに全く無駄がないことだ。
この短時間でよくぞここまで・・・!
私はじっと彼女を見守った、彼女が昨日までスタンバっていた場所で。
回転技など多少のカットはあったものの、ほぼ完璧にこなした。
戦い終えて中谷はセンターで見得(みえ)を切る。すると・・・
万雷の拍手が起こった。
ベルナルドの代役を見事に果たしたブレンダへの賞賛の拍手だ。
リピーターは私の異常に気づいていた。
前日の夜、この場面はカットだったし、終演後、私は楽屋口に横付けされたタクシーに
顔をゆがめて乗り込んだ。明らかにベルナルドの身に何かが起きたのだ。
それをブレンダが、いとも簡単にカバーした。やんやの喝采である。
ふと、心の中にある感情が芽生えた。感謝、敬意、驚嘆・・・もちろん、それもあった。
だが、明らかにもっと大きな念が生まれたのである。
それは、嫉妬だった。



「わかりますよ治田さん、でも、万が一ってことがあるから・・・」
気功治療を受けた翌々日、かなり回復してきた私は芝居の部分だけでも復帰すると主張した。
『テーブルにコーヒーカップを置く』『落ちたゴミを拾う』など全屈する動きは全てカットしていた。
リピーターにはともかく、始めてみる客には違和感の無い動きに代替していたのだ。
だが、稽古で決めた約束事の方がはるかに自然なのは言うまでもない。
なんとしても、元に戻したかった。
しかし、制作の森下さんは言った。
「この上、芝居までできなくなったらどうします!」
森下さんの隣で小田さんが、そうよそのとおりよ!という顔でうなずいている。
もし休演ということになったら松竹座がどのくらいの損害をこうむるか、
一度小田さんに聞いたことがある。
「そうですねえ、7000円平均として、1000人入って・・・一公演7百万ですか」
彼女はよどみなく答えると、更に続けた。
「ちなみにあと9回残ってますから、治田さんの賠償は6千3百万・・・軽い軽い!」
小田さんはニコニコ笑って、だから大事にするのよ、という顔をした。
「わ、わ、わかりました、このまま養生します・・・」
「そうですよ治田さん、次の仕事だってあるだろうから・・・」
舞台監督の赤塚さんもそうおっしゃった。
3人が楽屋を去って、入れ替わりにアクション・キャプテンの加藤ちゃんがやってきた。
「どうですか、治田さん?」
私は声をひそめて答えた。
「千秋楽、復帰するからな・・・!」





2,003年4月27日午後5時、大阪松竹座「レディーゾロ」千秋楽は幕を開けた。
私の出番は20分後。
化粧前に座り、大きく深呼吸する。全面復帰だ。制作にも舞台監督にも了解を得ている。
昼の部(楽日は二回公演である)、花道を今まで通り二つのトランクを持って歩いてみた。
何の支障もない。
早めに衣装を着て姿見に映す。
あの歪んだ体が・・・カマーベルトが大きく右に下がり、まっすぐに見せるため床に平行に
なるよう右側をうんと持ち上げた・・・それが元に戻っている。
小道具もすべて確認。何の問題も無い・・・
昼公演が終わって、加藤ちゃん、松ちゃん、お兄ちゃん・・・お盆アクションに絡む3人に
付き合ってもらい、舞台であわせた。
舞台監督の赤塚さんが気を利かして、照明まで本番と同じようにしてくれた。
このシーン、やってる本人たちにはかなり暗い。
一番の問題は、シェネ(両足を軸に回転する技)してその勢いでお盆を投げる箇所である。
なんどやっても右にそれる。お盆の持ち方を妙に意識してしまうのだ。
今まであんなに簡単にできていたのに・・・
「治田さん、落ちついて」
加藤ちゃんが声をかける。
「ひとつひとつの動きをクリアにやりましょう」
どうやら、あせって動きが流れていたようだ。息を吐いて、ゆっくり確実にやってみる。
盆はスライドしながらも松ちゃんの腹部に飛んでくれた。
やった・・・
ほっと一息つく。松ちゃんが私の元に駆け寄ってきた。
「おれ、絶対取りますから!」
にっこり笑って勇気づけてくれた。
ありがとう・・・



加藤ちゃんと、中日(なかび)パーティーにて




無事、一幕を終えた。
カップをテーブルに置くのも、殺陣の最中ゴミを拾うのも、全く問題なかった。
いよいよ二幕だ。
「思いきり、やっていいからな」
出の直前、ブレンダに確認した。中谷は腰痛を知ったその回など、まるで赤ん坊を
撫でるようなたたき方だったのだ。
「わかりました」
それでも心配げに中谷は答えた。
ジェシカが去り、中谷が出る。順調に進み、いよいよ・・・
バシッ!
「さすがはベルナルドさん、いい勘してます」
中谷はにっこり笑って私を見る。
・・・思いっきりって言ったって、限度があるだろう・・・
心の中でつぶやいた。



  「てかげんしてよ・・・」



私は袖で何度も動きをおさらいした。
本舞台では、今まさに大詰めのアクションが進行中だ。出番まであと2分。
フリスビーはまっすぐ飛んでくれるだろうか・・・
所定の位置にスタンバイした。後ろで中谷がにっこり微笑みかける。
「治田さんの番ですよ」
そう言っているようだった。
メタル君に罵倒された悪漢藤本がこちらに向かって走り去る。出番だ・・・!
入れ違いで、ウエイターのように盆を高々と持ち上げたベルナルドが足早に登場する。
ライトが当たる。すると、期せずして大きな拍手が起きた!
え・・・!?
拍手はより大きくなる。
お客さんは待っていてくれたのだ・・・!
左から加藤ちゃんが向かってくる。
それをかわすと、お兄ちゃんの剣を盆で受けた。
反転して加藤ちゃんの頭を盆で叩き、また反転してお兄ちゃんのキックを盆で防ぐ。
一歩踏み込んでお兄ちゃんの鼻を指でパチン。痛がるお兄ちゃん。
振り向きざま松ちゃんと目が会う・・・いよいよだ・・・!
シェネで一回転、そして、お盆フリスビーを投げる・・・
なむさん・・・
シュルシュルシュル・・・音を立てて盆は松ちゃんの腹部に突き刺さった。
やった・・・!!!
再び割れんばかりの拍手が起きる。
にっこり笑った私は前転して松ちゃんの股間を指パッチン。キンという効果音が劇場に響く。
盆を奪い返し、背後からかかかってきたお兄ちゃんの剣を防御する。
ゆっくりと立ち上がると、タンゴステップでお兄ちゃんの股間をバックキック。
そして、敵を追い払った私はセンターで大きく見栄(みえ)を切った。
すると・・・
耳をつんざくばかり、怒涛の拍手が松竹座を埋めた。
しかも・・・鳴り止まない。次のせりふを言おうとするが止まらない。
松竹座が揺れている。だが、どこかさめてる自分がいる。ふと、「エリザベート」千秋楽の司会を
思い出した。あの時も博多座は揺れたっけ・・・
「ブレンダ、ルドルフ様を!」
懇親の力を込めて感傷をかき消した。ブレンダがルドルフを抱えてやってくる。
「さすがベルナルドさん、お盆さばきは新大陸一!」
中谷が叫ぶ。このセリフは東京舞台稽古の時、私の動きを見て作家の中島さんが作って
くれたセリフだ。だがこの時は、中谷が本気でそう言ってくれてるような気がした。
「君には負けるよ、ブレンダ・・・」
そんなアドリブを言うつもりだった。だが、口から出たのは、
「ありがとう・・・」
それだけだった。あとは言葉にならない。
なんだか、とても嬉しかった・・・






エピローグ




怒涛のカーテンコール。
これでもかとばかり深く、深くお辞儀をした。
お客様は総立ちだった。何度も、何度もアンコールが・・・そして、ようやく幕が降りた。
出演者の歓声が飛び交う。抱き合う子達や、握手しあう者、これが初舞台で感激のあまり
泣きだす子達もいる。
私はというと、妙に冷めていた。
ひとつ仕事を終えた・・・そんな感慨はある。
だが、充実感はなかった。腰痛で不本意だったことばかりではない。
今までやったことのない、この渋いキャラクターに精一杯取り組んだ自信はある。
だが、もっとやれたと思うのだ。何が足りないかは・・・よく分からないのだが・・・
とりあえず、これは通過点である。先へ先へ進んでいかなくては。
そして、いつか再びこのベルナルドに出会えたら・・・
そしたら彼は、もっとおちゃめになるかもしれないし、ひょっとしたら意地悪になるかもしれない。
だが多分、この老執事は相手役との絆をもっと深めるだろう。
冗談を言いながら、何があってもへこたれず、愛し続けて決してそれを強要しない。
それが彼の生き方なのだから・・・
まあ、小難しいことはともかく、とりあえず今日は飲もう。一週間も禁酒してたんだから。
そういえば、ワシントンで風邪ひいた時もそうだったな・・・
打ち上げまで時間がある。いったんホテルに帰って、シャワーを浴びよう。
冷蔵庫にはキンキンに冷えたビールが、テーブルにはチリ産赤ワイン・カベルネ・
ソーヴィニョンが私を待っている。“CHICAGO”のCDもセットした。
先に酔っても文句は言われまい。
「復活お盆アクション」のことでも思い出しながらにんまり笑うか・・・











  必殺お盆アクション!




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